「まさかお前が来るとはな――ですか?」
 どこか悪戯っぽく笑いながら、ルーシェはザスの言葉を横取りした。
 宿屋に戻った一行は一日の疲れをとるべく、各自思い思いに過ごしている。
 飲み過ぎたかな、と反省しつつテラスで夜風に当たっていたザスは、隣に来たプリーストへと視線を向けた。
 どうやら入浴後だったらしい。夜風に揺れるライトグレーの髪は湿り気を帯び、白い頬は微かに上気して薄紅色に染まっている。
 月光と窓越しの明かりに照らされた綺麗な顔が、昼間とはまるで別人のように見えて、ザスは妙にどぎまぎした。
「その……母上たちは……?」
 冷静でない証拠に、自ら墓穴を掘るような質問をしてしまう。
「お元気でいらっしゃいますよ。ご心配なら国にお戻りなさい、殿下」
 案の定、一番聞きたくないセリフを聞くハメになった。
 そう、彼は自分を説得するために、ここへ来たのだ。もしかしたら、強制手段を取っても良いと命じられているかもしれない。
 ――くそ! 親父め!
 ザスは心の中で父親に悪態をついた。
 お役目重視の見知らぬ人間を差し向けられたならば、殺してでも逃げる。実際にそうしたこともある。
 だが、友人となれば話は別だ。大切な者を傷つけることは絶対にできない。
 父親は自分のそんな甘い性格につけ込んで、ルーシェを寄越したのだ。
「帰らない」
 頑ななザスの態度に、美貌のプリーストは肩をすくめた。
 そう言うだろうとは思っていましたけれど、と仕草で示して見せたのだ。
「私は明日帰ります。陛下には見つけられなかったと報告しますね」
 少し寂しげに微笑むルーシェ。
 久しぶりに会ったのだ。
 いろいろと楽しく話をするはずだった。できるはずだった。
 なのに、追う者と追われる者という立場が邪魔をする。
 ザスは罪悪感に胸が痛んだ。懸念もあった。
 あの父親のことだ。手ぶらで帰ったルーシェに何をするか判らない。
「それじゃ、おやすみなさい」 
 だから、くるりと向けられた背中を、ザスは呼び止めた。
「待て」
 振り返ったルーシェの目には、困惑と期待が揺れている。
「今、俺たちには腕のいいプリーストが必要だ」
 ザスの黒い双眸がしっかりとルーシェのそれを捉えた。
 国に帰るつもりはないが、友人を帰すわけにもいかない。
「だから、一緒に来てくれ」
 アメジストの瞳が驚きに見開かれ、ついで涙がこぼれ落ちた。
「――私は高給(たか)いですよ」
 濡れた頬を拭いながら、くぐもった声で言う。
 ひどく心配させていたんだな、とザスは気付かざるを得なかった。
 ルーシェの冷えてしまった身体を抱き寄せると、その背中をあやすように撫でてやる。
 この友人に会わせてくれたことだけは、親父に感謝してもいいと思った。
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