地下室はまさに宝庫であった。
 アイテムの入った宝箱が二つ。そして、伐採場の鍵も大切にしまわれていた。
 他にも熊のレリーフが刻まれた箱とやたら豪華な箱があったが、今のところ彼らには開ける術がない。
「鍵も手に入ったことだし、伐採場に行ってみましょうよ。木こりさんに何か聞けるかも知れないわ」
「あの青い蟹は食えるかどうか聞いてみるかな。さんざん邪魔してくれたからには、是非ともお礼参りをな……くくく」
「ザスったら、どうしてそんなに蟹が嫌いなの?」
 不気味に笑い続けるザスは、どうやら蟹に対して並々ならぬ思いがあるようだ。
 エルフはその言動から何かに思い当たったらしい。
 綺麗なブルーグレーの双眸を三日月の形に歪めると、ファイターの肩に腕を回し、「ぼ・う・や♪」と猫なで声で呼びかけた。
 大勢いる姉たちが、唯一の弟であるヴァリスを揶揄う時によく使う手段だ。
「さてはザス~、あなたの水嫌いの原因って蟹のせいなんでしょう? おおかた波打際で遊んでたら、蟹に足の小指を挟まれたってトコね」
「ヴァリス、何故それを!!」
「さすがですね。当たりましたよ」
 ザスは紅くなったり蒼くなったりしながら狼狽を極め、ルーシェは拍手喝采でエルフを褒めたたえた。
「まるで紙芝居のようだな」とエナンが呟く。
「紙芝居にそんなお話があるのですか?」
「え?!  知らないの?」
「これだから生粋の教会育ちはよ~。知ってるか? 教会モンはガキの頃から聖典しか読まないんだぜ」
「そうなの? じゃあ、知らなくても仕方ないわね」
 ザスの説明にヴァリスは妙に納得した。教会育ち=世間知らずは、この世界の常識だ。
「あたし、オーリアン教会って一度も行ったことないのよね。教会本部はすごく綺麗な建物だって話だけど、本当?」
 エルフはどの国にも属さない独自のコミュニティを持っている。
 オーリアン信徒がいないわけではないが、その数は非常に少なく、ほとんどのエルフは教会に一度も足を踏み入れることなく一生を過ごすのだ。
 彼らが畏敬と崇拝の念を抱くのは己の中に脈々と流れる血と、それをもたらしてくれた代々の先祖たちに対してのみである。
 基本的に神という概念を持たないエルフに、信仰を迫ることは難しい。
「ええ。『神の宝冠』の名のとおり環状をした白亜の建物で、至る所に教会が聖石と定めた金剛石・黒曜石・紅玉石が飾られています。特に大聖堂にある三本の柱が素晴らしく、三神の像とともに大変敬われていますよ――所詮、美しいだけの“空の器”ですけど」
 にこやかに説明していたルーシェは、最後のくだりでフッと目を伏せた。
「ルー……?」
 ザスが心配そうに声をかける。
「さて。教会のことは置いといて、伐採場に行きましょうか?」
「え? そうね! 待っててちょうだい、お宝ちゃ~ん」
 ヴァリスはそう言うと、レイピアを振り回しながら表へ出ていった。
「退きなさいよ、あんた達! 邪魔ばかりすると鍋にして食べるわよ!」
 どうやら、扉を出るなり早速現れた熊を相手に戦っているようだ。
「蟹すきに熊鍋か。豪勢だな」
 エナンが今夜の夕食に思いを馳せると、ザスが大きく頷きながら、
「あの沼にいたぴょんぴょん魚もフライに向いてそうだったよな~」
 と、メニューの増加を図る。彼はタルタルソースが大好物なのだ。
「どうしてそんなに食べる気満々なんですか? 仮にあれらが食べられるとしても、私は遠慮したいのですが……」
「ルー、そんなことじゃ冒険なんかやってられないぞ」
「ルーって……某料理の固形調味料みたいで非常に嫌なのですが」
「なんで嫌なんだ? カレーを馬鹿にするなよ、ルー」
「シチューは無視か?」
「ハッシュドビーフもあるわよ!」
 そんなアホ話をしながら一行は伐採場に辿り着いた。
 出入り口の鍵を開けるヴァリスの後ろで、「血の臭いがする」とエナンが顔つきを険しくした。
 警戒心を高め、辺りに注意を払いながら進んで行く。
 と、ルーシェが何かに気付いて駆け出した。
 細い身体の周りには聖呪を発動させる際の金色の呪陣ができている。
 白い両手を血まみれの何かにかざすと、
「『リストア』!」
 回復を促す呪文を叫ぶように唱えた。
「エナン、ハーブがあるなら止血を手伝って下さい!」
 薬草の知識に長けたハンターも急いで駆け寄る。
 夥しい血を流して倒れているのは、木こりの青年であった。
 エナンは全てのラベンダーを使い切ったが、まだ血は止まらない。
「神よ、どうか御目を開いて下さい! 『リストア』!」
 ルーシェも精神力を振り絞って聖呪をかけ続けているが、まるで空を掴むかのような手応えのなさに蒼ざめていくばかりであった。
「ザス、魔力の使いすぎは危険だわ。あのままじゃルーシェも……」
 無防備な二人を護るため、周囲を警戒していたヴァリスだが、ついに見かねて口を挟んだ。
 度を超した魔力の使用によりロストとなったプリーストは多い。
 肉体だけでなく、精神までも回復できぬ程に疲弊してしまい、ずっと眠りについたままの者もいるという。
 魔法には疎いザスにも、ルーシェが危険であることは見て取れた。
 だが、発動中の呪を阻止することは、絶対にしてはいけない行為であった。
 プリーストだけではない。エルフであれフェアリーであれ、およそ魔法を使う者が最も禁忌とするのが、他者の介在による術の中断である。
 場合によっては、施術者の生命を奪いかねないからだ。
 彼らの懸念が耳に入ったのだろうか。
「あり…がとう……もう、い……」
 固く閉じていた青年の目がうっすらと開き、赤く染まった手がルーシェのそれに重ねられた。
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